未生御流 > 未生御流の紹介


未生御流の紹介

未生御流は、未生斎 廣甫師(1791-1861)[未生家二代]が旧嵯峨御所大覚寺門跡猊下に召し出され旧嵯峨御所花務職に
就任したのち、文政12年(1829)永宜旨(工芸諸匠の叙位の権限)により「御」の字を賜り「未生御流」と名のるようになりました。
三代未生斎一廣甫師が早世ののち、大阪城においていけばな教授を行い名声のあった岡本家に対して
旧嵯峨御所は「未生御流家元正統」と原則を定められました。
以来、今日まで未生御流の許状は岡本家において授与されています。
岡本政之進(廣栄斎逸甫初代家元)は当時の住居地であった大阪東区で小学校の創設など教育関係に尽力貢献し人望を集めた人です。
いけばなに於いても人望が篤く流派を超えた多くのいけばな人が師の許に集まりました。
二代目岡本ハル(廣進斎春甫)三代目岡本亀冶郎(廣栄斎玉芳)と継承され昭和36年に
現家元岡本芳村(廣栄斎芳村)によって四代目が継がれています。
「和の心」を尊び「伝統を極め尽くして尚、それを超えたところにこそ真の新しさが
生まれる」と、いけばなに情熱を傾けて活動しております。

 
 

未生御流" 未生御流


未生御流の紹介